【知識の重み】知ることは生きることであり死ぬことである

⏱この記事は6分で読めます

こんにちは、高橋です。
 
今日は”知識の重み”について、
色々と書いていきたいと思います。
 
この記事を読めば知識の重要性に、
気づくことができるので、
ネットビジネスでも周りをごぼう抜きできます。
 
知識をおろそかにしている人が、
ほとんどなので、圧倒的に差をつけちゃいましょう。
 
 
そして今回の記事は少し哲学チックです。
 
抽象的になったり読みにくいところも、
もしかしたらあるかもしれませんが、
頑張ってついてきてください。
 
 

知ることは本当に自分を豊かにしてくれる

 
 
知ることというのは、
本当に自分を豊かにしてくれます。
 
 
僕がネットビジネスを知って、
今こうしてやることができているのも、
本当に幸せですし、素晴らしいことです。
 
いつでもどこでも好きなだけ仕事ができるし、
好きなだけ遊べるし、
マジでネットビジネス最高だなと。
 
ぶっちゃけ、ネットビジネスを、
やってる人とやらない人の違いって、
知らないかどうかですよね。
 
存在を知ってるからこそできるし、
存在を知らなきゃできません。
 
 
 
また、存在だけにかかわらず、
ネットビジネスにも”知識”があります。
 
その知識をしっかり学ぶことができるかで、
うまく行くか決まってしまうわけです。
 
昔は本当に苦労しましたが、
今では知識の重要性について、
気づけるようになりました。
 
知識を学ぶことができて、
本当によかったなーと。
 
まじで知識を知ることが出て、
感謝感謝です。
 
 
とここまで”知ること”のメリットを、
たくさん書いてきたのですが。。。。
 
 
知ることは何も人を幸せにするとは、
限りません。
 
 
”知ること”ということが、
人を不幸にすることもあるのです。
 
 

知ることは死ぬことである

 
じゃーなんで知ることが、
人を不幸にするのか。
 
僕はさらに、
「知ることは死ぬことである」
とも考えます。
 
 
 
これを説明していくために、
「クトゥルフ神話」を例に書いてきます。
 
 
クトゥルフの神話について知らない人も、
結構多いと思うので軽く説明しときます。
 
 
クトゥルフ神話はホラー小説をもとに、
アメリカで作られた神話です。
 
 
 
設定としては、
 
宇宙から太古の地球に、
ある生物たちがやってきます。
 
そしてその生物たちは、
地球の旧支配者と呼ばれるようになり、
 
現在では封印されて地球のどこかで、
眠りにつくようになったのです。
 
 
 
というよくありそうな感じの流れで、
物語が始まります。
 
「うわーよくあるやつwwww」 
と最初は思っていたのですが、
結構ストーリーがカオスでした。
 
 
ただ、この物語の変なところがあって、
主人公たちがことごとく絶望にまみれながら、
死んでいくんですよねw
 
しかも、一人とかじゃなくて、
結構な人数がバタバタと死んでいくんです。
 
 
大概の作品の主人公は好奇心や興味から、
旧支配者たちのことを知ってしまうんですね。
 
「地球には旧支配者たちがいる。
 そして彼らは宇宙からやってきた」
 
その信じがたい事実を、
知ってしまったことで狂ってしまったんです。
 
「なに・・・・これ・・・・
 俺らがいた世界って一体なんだったんだ」
 
みたいな感じで狂気と絶望の果てに、
どの主人公もことごとく死んでいきます。
 
 
神話でハッピーエンドで終わるものは、
結構少ないのですが、このクトゥルフ神話も、
かなりバッドエンドです。
 
 

クトゥルフ神話の世界観

 
 
そしてこのクトゥルフ神話には、
ある世界観があります。
 
 
それは「宇宙的恐怖(コズミックホラー)」
というものです。
 
 
 
 
宇宙的恐怖とは何かというと、
 
無機質すぎる広大な宇宙では、
人類の価値観や希望には、
なんの価値観も存在しない。
 
人はただ絶対的な他者によって、
盲目的な運命として翻弄されるのみである。
 
というものです。
 
 
 
これを簡単に説明すれば、
人間をアリに置き換えて人間社会が、
アリの巣の中で完結しているという感じになります。
 
で、アリが「大気」や「人間の足」を、
認識することはできません。
 
 
そして、アリが人間に歩いていて踏み潰されても、
その意図を理解することはできません。
 
ただ目の前にあるのは、
アリの仲間の死体なのです。
 
つまり、アリは絶対的他者(人間)のような、
宇宙的存在の行為には太刀打ちできません。
 
アリは宇宙的恐怖(コズミックホラー)を、
持っていくようになります。
 
 
そしてクトゥルフ神話ではこの宇宙的恐怖を、
存分に伝えてきます。
 
 
「この世の見かけ上の安全は、
 非常に危ういバランスの元で、
 かろうじて存在している」
 
という真理を知ってしまったものは
ことごとく死んでいきます。
 
 
クトゥルフ神話では、
 
「真理=旧支配者の存在」
「知ること=死」
 
という世界観を表しているのです。
 
 
そしてこのクトゥルフ神話の影響を、
受けた作家は多いです。
 
怪人二十面相で有名なあの江戸川乱歩にも、
影響を与えたと言われています。
 
ただ、クトゥルフ神話は今では、
日本のサブカルチャー文化に、
完全に目をつけられたようで、
 
クトゥルフ神話を基にしたアニメや、
ゲームが作られるようになりました。
 
 
クトゥルフ神話の話は、
少し馴染みがないものだったかもしれません。
 
 
じゃー似たような世界観があるコンテンツを、
1つ紹介していきたいと思います。
 
 
それは・・・・・
鋼の錬金術師です。
 
 
 

真理を知ると手足を持ってかれる

 
 
一応、鋼の錬金術師を知らない人に向けて、
軽く説明しときます。
 
 
 
長いのでウィキから引用。
 
 
アメストリス国の片田舎リゼンブールに生まれ育ち、高名な錬金術師ヴァン・ホーエンハイムを父親に持つ兄のエドワード(エド)と弟のアルフォンス(アル)のエルリック兄弟は錬金術師としての才能を開花させていく。だが、父の失踪後は女手一つで兄弟を育ててきた最愛の母親トリシャは病に倒れて帰らぬ人となった。兄弟は旅行でリゼンブールを訪れていたイズミ・カーティスが錬金術で水害から人々を救う姿に惹かれ、彼女に弟子入りを懇願する。厳しい試験と合格後の過酷な訓練で実力を磨き上げる。だが、それには重大な目的が隠されていた。
母親の死を受け入れられない兄弟は、錬金術における最大の禁忌人体錬成でトリシャを蘇らせようと考えていたのだ。だが、錬成は失敗。エドは左脚を、アルは自らの身体全てを失ってしまう。エドはアルまでも失うことを恐れ、自身の右腕を代価として父のコレクションの甲冑にアルの魂を定着させることに成功する。だが、生きる目的を失ったエドは廃人同然となり、アルは何も感じず、眠れぬ体に苦悩する。二人は父の親友で機械鎧(オートメイル)技師のピナコ・ロックベルに保護され、幼馴染みのウィンリィ・ロックベルと共に暮らすことになった。
 
wikpedeiaより引用
長いですがこんな感じです。
 
 
そしてこのハガレンにも、
クトゥルフ神話と似た世界観があります。
 
 
禁忌を行うと自分たちの前に、
ある扉が開かれるんですね。
 
その扉は真理の扉と呼ばれています。
 
 
この世の真理を知ることができる代わりに、
体をもってかれるという「等価交換」の、
世界観を表しています。
 
で、真理の扉を少し覗くことができた
エドは右腕が持ってかれたわけです。
 
 
ハガレンについては詳しくどこかで、
また記事にしようかなーと思っているのですが、
 
 
ハガレンでもクトゥルフ神話と同じように、
真理を知る代償が必ず存在しているのです。
 
クトゥルフ神話は宇宙的恐怖を描き、
ハガレンは等価交換を描いてるので、
全く違った世界観に見えるかもしれませんが、
ものすごく似ています。
 
 

知ることは死ぬこと

 
 
僕は知ることは死ぬことだと思っています。
 
確かにクトゥルフ神話やハガレンは架空の話だし、
現実世界にあてはまらないんじゃないかと、
思うかもしれませんがそんなことはないです。
 
 
僕が大学の授業の中で、
1つ印象に残っている出来事があって、
 
「あなたはいつ人生に絶望しましたか?」
 
って聞かれたんですね。
 
 
 
 
最初は「なんだこいつw」と思っていたのですが、
よくよく考えればこれは深い質問だなと。
 
 
確かに、
 
「小学生の時の自分と今の自分のどっちが、
 楽しい人生送ってる?」
 
と聞かれたら今の自分と僕は答えます。
 
だって、小学生の頃に比べて、
遊べることも自由も増えたし、
見える世界も違うし、
楽しさは断然増しました。
 
 
 
ですが、
 
「小学生の時の自分と今の自分のどっちが、
 幸せだと思いますか?」
 
と聞かれたらちょっと迷います笑
 
 
小学生の頃って外で走り回るくらいしか、
できないけど、ある意味幸せなのかなとも、
思わなくもないです。
 
 
もちろん、「大人対子供」という二項対立自体が、
少しナンセンスな気はしますが、
 
「昔より今の方が1000倍幸せです!」
と声を大にして言えない自分もあります。
 
 
日本では特に年齢とともに、
幸福度は次第に下がっていくようです。
 
 
 
まあでも大人になると楽しいことも増える分、
知りたくないこともたくさん知るわけじゃないですか。
 
・自分がいつか死ぬこと
・日本社会の暗い雰囲気
・社会というもののプレッシャー
・他人からの視線
・理想と現実のギャップ
 
 
いやーこれらは重いですよ。
 
 
そして、一度僕たちは知ってしまったら、
知ってしまったことを忘れることはできません。
 
そして、これらを知ると、
単純に幸福度が下がっていくわけですよね。
 
記憶喪失しない限り無理なのです。
 
 
もし人生の目的が「幸せに生きる」
ということなのであれば、
 
知るということは自分たちの幸せを破壊し、
人生を死なせているようなものなのかもしれません。
 
 
知ることって死ぬことなのかもしれませんね。
 
 
大学の哲学科の学生が、
自殺したりするニュースも、
なんか納得できます。
 
そりゃ死にたくなるよなと。
 
 
 

知ることの重みを知るべき

 
 
まーなんでこんなことを、
書いたのかというと、
 
「知識の重みを知ってない人多すぎだろ」
と過去の自分も含めて思ったからです。
 
 
確かに「知ること=死ぬこと」は、
極論がましいかもしれませんが。
 
 
冒頭で述べたように、
知ることが自分を豊かにしてくれたり、
自分の選択肢を広めることは往々にしてあります。
 
昔の自分がポンコツだったし、
知識を重視していなかったので、
戒めとしても書いています。
 
 
特に過去自分がノウハウコレクターだったり、
稼げない時期が続いたことがあったにも関わらず、
 
 
今こうしてネットビジネスで稼げているのは、
”知識”を蓄えたからなのです。
 
 
だから、僕は「知識」の重みを、
本当に理解しています。
 
 
そして、”知ること”で虚無感さえ、
覚えることもあります。
 
「うわー俺の知らない知識って、
 どんだけあるんだよ」
 
みたいな感じで。
 
 
過去の自分に含めて言いたいことは、
本当に知ることは諸刃の剣です。
 
 
人を豊かにも幸せにも不幸にもします。
 
ですが、人を不幸にもするし、
もしかしたら死に至らすかもしれません。
 
だから知識を得るときは慎重にです。
 
そして
ネットビジネスも特に大事なのは、
”知識”です。
 
どうやったら読者をファンにできるのか、
どうすれば商品を買ってもらえるのか、
どうしたらアクセスが増えるのか、
どうしたら成約率が高まるのか、
 
これらの知識が大事です。
 
一緒に勉強していきましょう。
 
ということでそれではまた。
 
 
 
 
 
追伸
 
ちなみに、ネットビジネスを知って、
不幸になった人の物語を別記事で書いています。
 
 
 

最後に


僕は現在パソコンに1秒も触らず、
毎月10万円の収益が出ています。

才能があったわけでも、環境に恵まれていたわけでもないです。

もともと家庭環境は最悪だったし、
コンビニのバイトですらまともに仕事ができませんでした。


そんな僕でも、ビジネスに出会って
少しの間、真剣に取り組んだだけで
あっさりと人生が逆転できました。


そのビジネスを学ぶ過程で、
人を動かす方法や、
戦略を立てる方法、
コンテンツを作って価値を届ける方法など、
学校では学べないことを知ることができました。


その経験から、生まれた環境は選べなくても、
勉強して、正しく成長すれば、
誰でも資産を手にして活躍できると確信しています。

コンプレックスの塊の僕はどのようにして、
自信を得て、稼げるようになった過程はメルマガからどうぞ。

高橋のメルマガはこちらから


メールアドレスを入力すれば、受け取れます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください